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愛のぷよリスト鬼龍(キリュー)が紡ぐ戦いの記録・・・それがぷよます(ぷよクエとかデレステとかスクフェスのゲーム感想を書くブログです)

狂気と娯楽・芹沢あさひ(予習編)



2019年9月3日、
デレステは4周年を迎えました。

それに備えて1つ、
ちょっとした論評を公開する
つもりだったのですが、


私がなぜ
アイマスをやたらと推すのか、

私が高く評価する
アイマスの多様性とは何なのか、

それを手っ取り早く
わかってもらうためにも

シャニマスのキャラクター、
「芹沢あさひ」について
語る必要があると思います。





芹沢あさひと発達障害について


芹沢あさひの性格についての紹介は
上の大変優れた論評に譲りますが、

そこでも詳しく言及されているように
彼女は発達障害を抱えた少女として
描かれています(※)。


(※)あくまでイメージとしての
   発達障害であることに注意。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

・ダンスの細かい動作に異常にこだわる
・何かにのめり込むと周りが見えなくなる
マルチタスクができない
・感情や思考の言語化が苦手
・他人に興味がない(他人のすることにしか興味がない)
・天気が良いだけで妙にテンションが上がる

など、例を挙げればキリがない。

前述したシャニマス
「リアリティ」とも関連するが、

こういった
発達障害の特徴を持っている子」
の描写があまりにもリアル
なのである。

「そういう風に取れないこともない」
とかのレベルではない。

当事者や関係者が見れば一発で分かるレベルである。


(上記サイトより引用)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






私も
10連1回でPSSRを当てた
この娘のストーリーを初めて読んだ時、
稲妻が走ったような衝撃を受けました。








ここで過去、娯楽作品において
精神疾患者がどう描かれてきたか
についておさらいすると、


国内外を問わず反社会的性質を帯びた存在、
犯罪や暴力の象徴として長らく
君臨していたことが指摘されます。


例えば、ヒッチコックの代表作、
サスペンス映画の金字塔『サイコ』では
人格障碍者が連続殺人犯でしたし、







『13日の金曜日』のジェイソンや







「レザーフェイス」の画像検索結果

『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスは

精神が10歳前後の状態のまま成長した
成人男性として描かれました。






「バットマン ジョーカー」の画像検索結果

バットマン最大の宿敵「ジョーカー」は
逮捕後に決まって精神病院に入れられ、
しばらく経つと犯罪を繰り返す。






「ドラえもん 故障 雲の王国」の画像検索結果

このように狂気を

・理解不能な行動をとる
・意思疎通が不可能

・善悪の概念がない
・恐と凶、興を混ぜて描く

一言で言えば
怪物化して描くことで
恐怖の存在であると同時に
興味の対象として見世物にしている

というのが特徴ですが、

こういった描写を最も好んだ漫画家が
藤子・F・不二雄でした。




藤子漫画のファンの人は
この件を避けているような気が
なんとなくするのですが、

狂気の描き方、
それも面白おかしく描いて
笑いのネタにするという同氏の
スタイルは無視できないものではないか
と私は思っています。



「どろろ 百鬼丸 漫画」の画像検索結果

師匠の手塚治虫が

社会から外れているがゆえに
純粋な人間として障碍者を描くことを
考えれば、この対称性は見過ごせません。


『どろろ』しかり、
『BLACK JACK』しかり、
 障碍者を主人公に据えるだけでなく、

『どろろ』では性同一性障害の少女を、
『ブラックジャック』では未熟児(※)を
 ヒロインに据えるという徹底ぶり


古い漫画ですから
限界は当然あるけれど、それでも
やはり偉大な漫画家だったと言えるでしょう。


(※)正確には腫瘍の中に詰まっていた
   臓器を人工の皮膚等で覆って
   人間として活動できるようにした
   という、かなりSFな設定だが、
   
   これはジェイソンとは逆に
   子供の姿のまま大人になった
   女性の暗喩だと私は解釈している。






こうした
精神疾患者の怪物的表現というのは

映画や漫画に特徴的というよりは
むしろ、社会において日常的に
存在するものです。


その場合、
実際に精神疾患者なのかどうか
という点は、問題にされず、


つまり、精神疾患者の人間を
スラングを用いて攻撃するのではなく、

精神疾患者だと決めつけることで
あたかも異常者(発話者にとっての)
がそこにいるかのように演出するんですね。


順序が逆転しているという問題も
さることながら、

精神疾患者は自分たちよりも劣っている
という偏見を前提にした攻撃をするのです。





例えば、インターネットの
スラングの中には「ガイジ」
という言葉がありますが、

これは異常な言動を取る人間を
障碍児とみなしているわけです。


他にもいわゆるネトウヨは、
政権に批判的な人間を「アベガー」
と揶揄していますが、

これは「ガー」という
カタカナ表記からもわかるように
アスペルガー症候群とかけたものです。

(当の本人たちは
 知らずに使っているのでしょうが)




正常な人間なら
首相が正しいことがわかるはずだ。

それが出来ないということは
こいつらは頭がおかしいのだ。



こういう思考をしているんですね。





他にも「ファビョる」
というのがあります。


これは火病という
韓国の風土病を指していて、
ネットやリアルにいる攻撃的な人間を
韓国人のようだと形容しているんですね。


実際の火病は
女性差別が大変激しい韓国社会において
かかる精神疾患で、怒りを我慢することで
起こる様々な体調不良を意味するのですが、

ネットでは逆に
怒りをまき散らす病気という
誤解したイメージが拡散されています。


ここでも実際に火病なのかどうかは
問題ではなく、火病という言葉を使うことで
あたかも向こうが異常者であるかのように
印象付けているわけです。



「池袋 自動車事故」の画像検索結果


狂気はしばしば老いと
ミックスして語られる傾向があります。


東池袋での自動車事故に対する
加害者への大変苛烈な怒りというのは

彼が国家官僚だったから
というよりも

彼が高齢者ドライバーだったから
という点に原因がある

と私は踏んでいます。





【署名29万人】
上級国民、飯塚幸三に
厳罰を望むのは私刑なのか?


というのも
この事件に義憤を覚えているはずの
ネトウヨたちが、


例えば、森友問題で
改ざんを命じられた公務員が
責任を転嫁されるとの理由で
自殺を遂げる一方で、命じた官僚が
不起訴で済まされ、昇進しても気にしないし


首相と懇意の間柄である
ジャーナリストが性暴力を働いても
被害女性が嘘をついていると弁護したりと


日常的には、むしろ官僚や
政治家(与党)をかばっているからです。


加計問題に至っては、
首相の権力濫用を内部告発した人間を
逆に攻撃している有様になっています。


つまり、攻撃しても良い官僚と
そうでない官僚が分けられていて、
それはしばしば政府に好意的か否かが
基準になっているんですね。








高齢ドライバーの事故は20代より少ない 
意外と知らないデータの真実



実のところ、
80代による交通事故は最も少なく、
20代~40代の事故が最も多い。


にも関わらず、なぜメディアは
あれほど熱っぽく高齢者ドライバーの
報道をするのかというと


結局のところ、
老害という言葉に示されるように

老いることと狂うこと、
正常な判断が出来ないことが
混同されているからなんですよね。



「ジョセフ 4部」の画像検索結果


老人=ボケている
という先入観があるからこそ

こういう報道は出来る。



ブレーキとアクセルの区別も
つかない人間は大変危険であり、

高齢者からは
車を取り上げなくてはならない
という結論を前提とした報道です。

(視聴者はそう考えていないとしても
 そういう方向に誘導する内容ではある)

報道において、
高齢者ドライバーという言葉は使われても
中年ドライバーという言葉は多用されない。


ですので、
先日の煽り運転の事件の際にも
あれは個人的な要因で起きたことで

中年ドライバーの免許更新の
頻度を上げろとか

中年ドライバーから免許を取り上げろ
という方向へ議論は進まないんですね。



飯塚氏が事故直後に取った保身行動や
警察の甘めの対応への批判も
含まれるとしても、

池袋での事故は
こうした一連の動きの中で起きた
格好の叩きのネタであることは
留意したいと思います。




以上、リアルやネットにおける
狂気の語りについて概観しましたが、

いずれにせよ、日常において
狂気は悪と
結び付けて考えられている

ことが指摘できるでしょう。


その場合、
ひたすらに恐く描かれるのではなく、
どこか間の抜けた、要するに

あざ笑う対象として
強調される
ことは見逃せません。






醜悪な外見、幼稚な精神、
愚鈍な怪物としてあざ笑うことによって

自分たちが大変、
理知的で道徳精神にあふれ、
美しい存在であると確認する作業が
ここにあるのですね。









ある種の絵画や演劇、言葉をもって
異常と正常の線引きをしている

そのことをもって
自分たちの正しさを信じる


というアクションは差別研究の分野では
だいぶ前から確認・指摘されていることで


それゆえに、サブカルチャーにおいて
この狂気の描き方というのは
真剣に考えなくてはならない問題です。

(差別や排外主義と直結するから)





この点において重要な文献として
『アンチ・オイディプス』があります。


大変、難しい本なので
極力、簡単に紹介すると

病とは治さなくてはいけないのか?
精神疾患は異常な状態なのか?

という
大きな問題提起をしているんですね。






私たち現代人の頭の中には

「病気とは異常な状態であるから
 治さなくてはならない」

という強烈な先入観があるんですね。

アンチ・オイディプスでは
むしろ精神疾患にかかることで前よりも
健康になった事例を紹介するなどして


正常であれと抑圧をかける
ことこそが問題なのだ

主張していると理解すれば良いと思います。



「ゆるゆり さんはい」の画像検索結果

比例で当選した自民党議員、
杉田水脈氏は同性愛者への差別発言で
ちょっとした話題の人物になりましたが

彼女によれば

・同性愛とは異常な状態であるが
・適切な処置を施すことで治すことが出来る
・彼らはいずれ正常になれると信じているから
・私は差別をしていない

ということらしいのですが、

実はこういう他者化、

すなわち、
自分たちと異なる存在であるかのように
強調した上で、劣っていると決めつけ、

異性愛者でなくてはならないと
抑圧をかけることこそが悪なのだ

著者のジル=ドゥルーズと
フェリックス=ガタリは主張している
のですね。



1972年に出版された古典的名著ですが、
未だにこの内容を超えない発言が
堂々と出るあたり、まだ読む価値はある。


そのように痛感します。





「ファインディング・ドリー」の画像検索結果

最後に、こういう狂気の描き方は
娯楽において続いているのか
という話をしましょう。

結論から言うと、
精神疾患者を肯定的に描く作品は
近年、ぽつぽつと出現しています。


代表的なのがディズニーの
『ファインディング・ドリー』。


これは健忘症候群を抱えた女性(魚)
を大変、生き生きと描いた作品で、

よくありがちな
最終的に記憶障害を克服して
ハッピーエンドなんて糞な展開をせず、


すぐに忘れてしまう所は変わらないけど
ピンチの時に皆を助けられる、
勇気づけられる存在として
強調しているんですね。




『ズートピア』もそうですけど、
 最近のディズニーの3D映画は
 良い意味でヤバいです。


日本のアニメや映画は
妙に規制をかけるというか

もめ事を恐れて
正面から取り組まないんだよな。


この点においては
かなり遅れていると思います。




だからこそ、
この芹沢あさひの描写は素晴らしい。

正確に言えば、
芹沢あさひに対する
プロデューサーの向き合い方が
コペルニクス的っていうか

デレステの
プロデューサーも見習えや
って言いたくなるぐらいの
模範的な接し方をしているんですよ。

それが何かについては
次回に持ち越します。(続く)

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プロフィール

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鬼龍(キリュー)
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非公開
自己紹介:
愛と勇気と誇りをもって戦う孤高のぷよリスト。好きなものは勝利という名の美酒、嫌いなものはネトウヨです。


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