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愛のぷよリスト鬼龍(キリュー)が紡ぐ戦いの記録・・・それがぷよます(ぷよクエとかデレステとかスクフェスのゲーム感想を書くブログです)

狂気と娯楽・芹沢あさひ(前編)



狂気と娯楽・芹沢あさひ(予習編)


前回では、
映画やアニメ、漫画といった
娯楽作品において、精神疾患者は

恐怖や犯罪、暴力の象徴として、
その場合、見世物小屋の猛獣のように
面白おかしく描かれてきた


ということを説明しました。





そのような狂気の描写は
娯楽に特有のものというよりはむしろ、

現実の狂気についての捉え方が
如実に表れたものであり、


それはしばしば、
相手を怪物化することを通じて
自らの正しさを信じる行為でもありました。





日常的には狂気は
悪と結び付けて考えられます。


インターネットでは相手を嘲笑する際に、
精神疾患者を指すスラングが使われますが


ここでは相手が
本当に疾患者かどうかは問題にされず、


逆にガイジ・火病・基地外・池沼
といった言葉で名指しすることによって

あたかも相手が間違っているかのように
印象付けるわけです。




正常な人間なら
自分の正しさが理解できるはずだ

それが出来ないということは
こいつらは異常者に決まっているのだ

という固定観念に根差した行為
だと言えます。





敵対者を
狂気および病気を抱えた人間として
しばしば表現されがちなのは、

1つには

現代人が
「病(やまい)は異常な状態である」
「病は治療しなければならない」
という強烈な先入観を抱いていること、

そしてもう1つには
狂人や病人を「健常者」より
劣った存在として認知していること、

相手を狂人と決めつけ、あざ笑うことで
自分たちの正しさを確認していること

が原因として挙げられます。


「ドラえもん 故障 雲の王国」の画像検索結果


その際、
笑うという行為は非常に重要
です。


畏怖(いふ:おそれうやまう)
という言葉があるように、


単に怖がるだけでは
上下関係が逆転してしまうんですね。

つまり、自分のほうが
弱いと認めることになる。



それを回避するためには

相手を面白おかしく怪物化させて、
その醜悪な外見や幼稚な知性を
嘲笑するという手続きが不可欠になる
というわけです。








このように狂気の描写は
しばしば差別と直結するので

娯楽作品に評価において
この点への考察は避けられない
と私は思います。


それでは
アイドルマスター・シャイニーカラーズは

この狂気を
どのように描いているのでしょうか?







ストーリー冒頭のシーンにおいて
283プロダクションの新人Pは
街中で1人の少女と出会います。

その娘は難しいダンスを
その場で見ただけで
再現してみせたのです。







大変な才能の持ち主だと感じたPは
その少女をスカウトしました。


その娘こそが
本記事の主役である
芹沢あさひだったというわけです。






このあさひという少女、
普段は明るくて人懐っこいのですが


集中すると
他人の言葉が聞こえない、

というより
他人の声が聞こえないほど集中する
一面があって、





その時は笑顔が消えるんですね。

人によっては
少し怖くなるかもしれません。






 

あさひを一言で表すと
「完璧主義者」だろうと思います。





 

ダンスにせよパズルにせよ
自分が面白いと思ったことには
納得がいくまで徹底的にかじりつく。









そういうストイックさが
この娘にはあるんですけど





これって何も知らない人にとっては

めちゃくちゃ感じが悪い
んですよね。


無視されてるわけですから。
それも何度も。


私が感心しているのは
そこでプロデューサーが怒らない
という点なんですよ。





プロデューサーは大人ですから
中学生のあさひに対して

「こらー!ちゃんと聞かんかー!」
って怒鳴ることも出来るだろうし、

そうやって
良い子に矯正することも
その気になれば出来ると思うんだけど




それって、あさひの
良い所も殺しちゃうんですよね。


先日、紹介した
『アンチ・オイディプス』では

一つの枠の中に
人間を押し込めようとすることの
残酷さが非難されていましたが、

このプロデューサーは
それをしないんですよ。




あくまで

あさひの個性を消さずに、
過度の練習で体が壊れないように
気に掛ける。そこが凄いと思う。







私も塾講師のバイトをしていた時に
発達障害の生徒を担当しましたけど
特定の場面を除いては
いたって普通の子供でしたよ。

確かに、あれ?
って思うことはありましたが、
それが全てではないんですよね。


精神疾患を抱えているというのは
あくまでその子の一面であって、
個性の1つなんですよ。


それを無理やり曲げようとして
上手くいかないと
こいつは駄目な奴だと怒鳴る
っていうのはやっちゃいけない
と思うのです。


もちろん、
治せるものなら治すに越したことは
ありませんが、

もっと大事なのは障害を抱えている
という理由でその人を否定しないこと
だと思うんですよね。






あさひストーリーを書いた人は
この点、かなり真面目にやってる
ような印象を受けるんですよ。


あさひが
過度な練習をつんでいる時にも
頭ごなしに否定するのではなくて



 

あさひの向上心を尊重して












早く成長するためには
休むことも大事であることを
それとなく気づかせるんですよね。


「練習するな」ではなくて
「十分休め」と言うんですよ。






あさひの物語は
あさひ本人もさることながら

このプロデューサーの優しさに
感心というか感動しちゃったんですよね。

ここまで担当の娘の立場で
考えることが出来るのかと。


障碍というのは
あくまで生活するうえで壁になるから
障害と言われるのであって、

周囲の人間が理解したり
社会の方から変わっていけば
それはハンデではなく個性になる

恐怖や笑いの対象ではなくなる
と私は考えているのですが、


それをフィクションで表現した
シャニマスはマジですげー
と思いましたね。



もちろん、そういう描写って
海外映画では結構、
普通にされてるんだけど、

日本のゲームで
それをしたというのが凄いです。






















































以上、
芹沢あさひの描写を通じて
アイマスの凄さについて
語りました。


アイマスっていうより
シャニマスの凄さだけど。


あんまり言いたくないんだけど
デレステのPは、この逆をやっていて
そこが大変問題だと私は思っている。

それは後々語るとして
後編では、あさひのパートナーである
冬優子の紹介をしながら、

この2人の関係について
考察していきたいと思います。(つづく)

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プロフィール

HN:
鬼龍(キリュー)
性別:
非公開
自己紹介:
愛と勇気と誇りをもって戦う孤高のぷよリスト。好きなものは勝利という名の美酒、嫌いなものはネトウヨです。


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